「言葉の力」についての原稿書きました。言葉の力とはそれが達成したもの、それが発語者にもたらした利益によって考量されるものではなく、自分が発した言葉の不完全さ、不適切さを悲しむ能力であるというお話。この「隔靴掻痒感」こそが人を言葉をに差し向ける本質的な力ではないのでしょうか。