本気でこの国を変えようとしてたよね?
だったらカッコ悪くてもいいじゃない、生き残る道を選びなさい。
どんなに後ろ指差されても我慢するの、悪徳政治家だからしょうがないじゃん。
その代わり、これからの生き方で見返してやるの。
言いたいやつには言わせておくの。
そしてあなたは、自分の思うとおりに生きるの。
あたしもこれから……そうするから……。
自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレーヤー」、「何
でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳ま
でやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあ
きらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。
病床で彼が考え、その後思い至ったということ、見知らぬ遠くの誰かに深く感謝されることを望むのが表層的な自分のエゴ以上の究極のエゴではないか。そのために「山」を登っていきたい。的な話。
日々を真っ当に、なおかつ切に生きている人たちは皆それを(知らずに)実践していると思うのだよね。まー「事業」っていう文脈を外してしまうのが筋違いって感じだが。
みんな誰だって「あの時あんな風にしてもらえたあの名前もどこの誰かも分からない人のことを折に触れて思い出して感謝する」的なことってあると思うんだけど、自身もそうやって知らない人から感謝されてることは実は結構あるんじゃない?と。
「誰もが特別な知識を持っている。自分は何も知らないんだと認めて、好奇心旺盛に常に人から学んでほしかった」
危険から守り給えと祈るのではなく、
危険と勇敢に立ち向かえますように。
痛みが鎮まることを乞うのではなく、
痛みに打ち克つ心を乞えますように。
人生という戦場で味方をさがすのではなく、
自分自身の力を見いだせますように。
不安と怖れの下で救済を切望するのではなく、
自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。
成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような
卑怯者ではなく、失意のときにこそ、
あなたの御手に握られていることに気づけますように。
・「できっこない」と思いすぎていたことでも、
結果的にできちゃう場合があります。
これくらい時間が経ったら、堂々と言えますが、
今年の8月2日がくると、ぼくの禁煙が6年になります。
ここまで来たら、「禁煙できた」と言っても、
誰も笑わないでしょう。
習慣を変えるということは、とてもむつかしいですが、
絶対にできないわけじゃない。
ひとつできると、ずいぶん自信にもなりますから、
次のこともできるような気にもなれるわけです。
・まるで、じぶんに催眠術をかけるように言うのですが、
「ほぼ日」の、この『今日のダーリン』にしたって、
11年、毎日続けてこられたじゃないですか。
そのことにしたって、はじめる前に
「できるか?」と真剣に訊かれたら、
きっと「できっこない」と真剣に答えたと思うんです。
だけど、実際にはできているわけですからね、
「できっこない」と思いすぎるのが、いちばんよくない。
・習慣というものは、敵でもあり、
最大の味方でもあります。
そこまでは、よくわかっているつもりなんですけどねー。
昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、
私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。
永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、
無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、
初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、
さして驚くこともなくなっていた。
午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。
頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、
倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、
その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。
着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。
その人は赤ちゃんを抱えていた。
さらに、その下には大きな穴が掘られていた。
母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。
どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、
その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。
赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。
小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。
だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。
わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。
どの顔も涙で汚れゆがんでいた。
一人がそっとその場をはなれ、
地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、
母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。
若い顔がそこに現れた。
ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、
苦痛の表情は見られなかった。
これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。
人間の愛を表現する顔であったのか。
だれかがいった。
「花があったらなあ――」
あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。
私たちは、数え十九才の学徒兵であった。
自分の人生の代打、リリーフは、誰もいないからね。
時間も大事だと思います。僕は、その人が何かを始めてから1年半経ってないと、その人の言うことは信じないことにしているんです。例えば、「俺には才能がない」とかね。そう言われたら、「それは言い訳だ」とハッキリ言ってしまいます。これまでやっていなかったことに切り込むって、そんなに甘くないでしょう。もちろん先天的な能力もありますが、1年半くらいやらなければ「始まりもしない」と。本当にやりたいことであれば、1年半は乗り越えるのに必要な期間だと思いますよ。
実際、僕はカメラマンとして1年半活動しましたし、それから今後の展開を考えようという考えがありました。あまり「向いてない」ことを言い訳にするのはよくないと思う一方で、本当に向いていないことはアッサリ止めた方がいいという考えもありますけどね。
一番簡単な例を出すと『戦争』という言葉を聞いただけで無差別に拒否反応を示す自称・反戦主義の人がいるでしょ?
そういう人たちに僕はひとつたずねたい。
もしほんとうの闘争がない時間を一人の人間の一生に与えたとき、その人間は向上するのか!?
向上しないで生きていけるんですよ。ドベーとしてるだけですむんだから。そんな人間が恋愛をして結婚して子供をつくって、仕事をこなして(ひょっとすると、仕事しなくてもいい世界かもしれないけど)なおかつ、子供から嫌がられない老人になって安らかに死んでいける一生を送れますか?それができる人がいたら教えてほしい。そんな人畜無害の天国で、人は生あるものとして十全たる形で生きていくことができるのか。
私たちは戦いがあるから、むしろ優しく生きられるんです。
でもいつか、戦いを媒介としないで、個としての自分と対決できるニュータイプに、人は進化していかなければならないんじゃないか。僕は絶対に人間はそれができると思っています。そのために何をしなければいけないか。宇宙生活者になるという環境と刺激を手に入れて、新しい生き方を選択せざるをえないくなってくるでしょう。そこが、ニュータイプを考えていくうえで一番重要なことだと思うんです。
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