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ピンクマスターの印刷見本。

「紙の版〈ピンクマスター〉の試し刷りが上がってきた。細かな網点の表現は難しいようですが(100%70%30%の三段階にそれぞれ色飛びしている)黒100%の文字や線はきれいに出ていました。」とのこと。(横須賀拓さん)http://twitter.com/skabee/status/9921958682566656 

Twitpic - Share photos and videos on Twitter ピンクマスターの印刷見本。 「紙の版〈ピンクマスター〉の試し刷りが上がってきた。細かな網点の表現は難しいようですが(100%70%30%の三段階にそれぞれ色飛びしている)黒100%の文字や線はきれいに出ていました。」とのこと。(横須賀拓さん)http://twitter.com/skabee/status/9921958682566656 

ライブ書評@smtの掲示用寸評

smt/Sendai

せんだいメディアテークが開館した10年前と今現在、活版とその周辺のことがとても変化してきました。そのことを踏まえて、本を読むと、いろいろなことが見えてきます。

HARD

HHHH.日本語活字ものがたり
HHH.欧文組版 組版の基礎とマナー
HH. 文字をつくる
H. 図解 活版印刷技術マニュアル
E. 文字の組み方
EE.デザインのひきだし〈10〉
EEE.紙と活版印刷とデザインのこと
EEEE.VIVA!! カッパン♥

EASY

==
HHHH.
現在使っている日本語フォントのご先祖さまの話はむずかしく、そのためあまり語られていませんでした。この本は意外なことも書かれていて、とても魅せられてしまうエピソードも。また、海外の影響も受けていたこともよくわかります。

HHH.
クラシックなタイポグラフィの考え方をベースに置いて、紳士的にアルファベットの扱いを活版と同様に説明した本。デザイナー独自の扱いの歴史も加わると完璧になるでしょう。でも、それは基本マナーを覚えてからですね。

HH.
現在コンピュータで頻繁に使われている日本語フォントを作っている人たちのお話。ひょっとすると活版時代に近づいているのかもしれません。だって昔は金属の棒の先きに文字を彫る特殊な職人がいたのです。生みの親はスターですね。

H.
印刷の職人の世界ではなく、学校という場で活版を見つめて作った本です。ありそうでなかった本、つまり、学生向けマニュアルですね。活版の道具を初めて扱う人には細かいところまでよく説明されていて参考になります。

E.
タイポグラフィの基本的な場合を、○と×とで区別できている画期的な本。しかし、○と×とだけで解決してはいけないこともあります。また、どのようなことでもしてはいけないことなど、最終的には自分の判断が重要ですね。

EE.
とにかく凸凹満載。デザイナーに関わる環境がこのような効果を期待しているのでしょう。どのようなときにどこにいったら、だれに聞いたらいいのかが、わかるヒント本です。若者たちと年配の職人を結びつけたことに感動!

EEE.
活版仲間をつくって、いっしょに仕事をたのしくやっていこう! ちょっと前に欧米でも流行ったカッコイイ手作り感満載の本。汗と涙のサクセス・ストーリーがお好きな人にはピッタリ。コンピュータ・ネットワークを脱したい人にもおすすめです。

EEEE.
活版はみんなのもの。活版ブームを気軽に感じたい人向きの本。この本を眺めていると立派なホビーになった証を感じます。木版画やエッチングそして手作りの本、たのしい入り口がたくさん。古い道具が好きな人もたのしめますよ。

すべての本が★★★★★。もちろん、その人の立場で、おそらく数は変わってくると思いますが。

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[番外]
2010/8/発行
『レタープレスのデザイン—活版印刷のデザインスタジオ サンフランシスコ&ニューヨーク』
http://www.amazon.co.jp/レタープレスのデザイン―活版印刷のデザインスタジオサンフランシスコ-ニューヨーク-碓井-美樹 /dp/4756240429/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1282713291&sr=1-1

現下の“出版大崩壊”は,十数年前の“写植業界の崩壊と激変”と酷似している,と思う。私もそうだが人は激変の只中では置かれた状況を相対化し難い。閑話休題。96-97年頃,各地の写植組合はDTP組合へ改称した(東京写植組合第7支部に属す私も恥ずかしながら名称検討討議に参加していた)…

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… 当時既に手動写植は電算写植に主役を譲っていた(電算写植は技術としては今のDTPに地続きだ)。ところがそれも業界の激変のなかで仕事が激変,食えなくなるのではという不安は日々のやり繰りの中で爆発しそうだった。そこに,時流に従いDTP組合への改称で生き残りが図れるのではという提案が…

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… 現れた。歌は世につれともいう。確かにそう。が,世は歌につれと言えるのかどうか。現実から遊離した名前は現実に合わせればよいだろう。しかし問題は違った。「自らの現実」が「時流の現実」から遊離していっていたのであって,変えるべきは現実から遊離した名称ではなく「自らの現実」だったのだ…

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…以後の変化は目まぐるしく,写植は間もなく歴史の舞台から消えた(写植の時代は活版と比較出来ぬほど短く,果たして記録も残るのか?)。さらにDTPに切り替えた業者もひと息つく間もなく組版専業で食えなくなるのに10年とかからなかった。 http://bit.ly/2TK8gH 【続】

長く組版の仕事をしている人の多くには、自分の好みや性向があります。けれど、その美意識に対して金銭的なペイはされていません。お客さんからも求められてはいません。(一握りの趣味人を除いて)未来においても一顧だにされないものならば、きっとそれはぼくらの自己満足という他はないでしょう。


鉄道には「輸送」という実質的な本分がありますが、多くの好みや性向、あるいは細分化された趣味が派生しています。特定の趣味の趣から、輸送にかかわるダイヤや車種や規則を変更すれば本末転倒でしょう。


文字には情報伝達という本来の使命があり、好みや性向と本分を混同して趣味の批評以上に及べば、本来の目的といきはぐれてしまうかもしれません。


もちろん、目利きの人はいらっしゃると思います。まだ見ぬ、おそらく見ることもない人に対して誠意を尽くすのは、小さな(そしてたぶんつまんない)プライドのしわざでしょう。新しい仲間に強要するようなことじゃありません。


活版の製版には活版の製版の組み方があり、タイプにはタイプの組み方があり、手動写植には手動写植の組み方があり、電算写植に電算写植の組み方があり、QXPにはQXPの組み方があり、AIにはAIの、IDにはIDの組み方がある。みんなちがって、みんないい。


日本語組版には変わらない美しさなんてない。たまたまその文字の並び方や、技術や、人によって読みやすい(または読みにくい)状態があるだけだと思う。それは目に対する快(または不快)だから、個人的な体験に基づいて「キモチよく」修正されるんだ。

きのうまでの大きいしごとがおわって、きょうは、こじんまりと名刺の両面箔押をやっているんだな。名刺も紙の厚みのあるのが多くなってきた気がするな。デザインを見て、どういう人が使うんだろうかと想像しながら作業するのも楽しいもんだな。名刺はその人の分身だから、扱いはお姫様で。
箔押はアルミを『蒸着』させたものを熱で『圧着』させるし、シールは剥がせるように『接着』ではなく、『粘着』なんだな。日本語はむずかしいけど、それ以上でもそれ以下でもないんだな。

漫画の印刷と言うと、昔はアナログ製版で、細かく絵を描いても黒く潰れてしまったり、かすれて上手く線が印刷に出ないことも多く、描き手の自分としてはジレンマでした。

何年か前からは、製版所も原稿をデジタルでスキャンするようになり、細かい線も印刷で再現されるようになってきたのですが、それによって別の問題も起こってきています。

ベタムラやスクリーントーンのフィルムの濁りを印刷が拾ってしまったり、モアレも以前とは違う出方がしてしまうようになったのです。

精密さが増して、線とトーンが適当な所でなじまなくなったので、以前は斜線を引いて、上からトーンを乗せると、グラデーションのような効果が出たのですが、今は線だけが浮き上がってしまうようになりました。

「新ブラックジャックによろしく」の第2集の頃は、線を多用していたのですが、スキャナーの性能が上がり、結果的に単行本は斜線だらけの非常に汚い絵になってしまいました。

なので、僕の場合、最近は線の数を減らしトーン処理を増やすことにしています。

製版の技術の進歩に合わせて、描き方を少しずつ変えざるをえない状況です。

製版所に見学に行かせていただき、いろいろとお話を伺ったこともあるのですが、アナログからデジタルに切り替わり不便になった点というのは、やはりいくつかあり、どうにも解決法が無いそうです。

じゃあ、アナログをやめて、最初からデジタルで原稿を製作すればよいのではないか、とも思ったのですが、PCと印刷所の機械との相性や、機械の細かな振動がモアレを引き起こしたり、理論通りにいかないことも多く、解消できない問題も多いそうです。

ヒヨイと摘んでステツキへ

 ケースの前の植字工

 その眼が速いかその手はすぐに

 すばやく活字を摘みあげ

 一語又一語と形づくる

 おそいが併し堅實に

 おそいが併し確實に

 一言一言とつみ重ね

 そして尚つづけられる

 火の言葉は灼熱と化し

 無音の不思議な言葉は

 全世界をへめぐつて

 怖るべき戰慄を起さしめ

 抑壓された足|械《かせ》をこぼつ

 言葉は正しき鬪ひにおいて

 我に三倍する劍の力をうち破る

 人は活字を鉛の集合物と見做し

 これを指先にて弄ばんも

 印刷者は微笑をもて一字又一字

 恰も正確な時計の如くに拾ひあげ

 鼻唄まじりに文字を組み

 己が仕事に熱中してゐる

 俺のやうにこんな簡單な器具で

 世の中を支配してゐる者は他にあらうか?

 ちやちな印刷機と鐵のステツキ

 それにホンの少しばかりの鉛の花型

 白い紙に黒いインキ

 ただそれだけだ

 正義を支持し不正をこぼつ

 この印刷者の力に刄向ふ者は誰か?

 この詩、「活字の歌」の原文を私は知らない。あまりすぐれた飜譯ではないやうだが、「世界印刷年表」に收録されてゐるもので、世界最初の印刷雜誌の編輯者トーマス・マツケラー(アメリカ人)が、西暦一八五五年に歌つたものだといふことである